図書館で会いましょう
「まぁ私は自分の研究には没頭はしていましたが、学会の発表などにはいつも妻を連れて行ってはいましたがね。」
たぶん、北澤に対する言葉なのだろうが、由美は黙って聞いていた。
「子供が出来なかったせいか、私達はいつも一緒でした。それだけに妻の病を宣告された時には絶望しかない世界に突き落とされた気分でしたよ。」
館長の表情が段々と曇っていく。それは今まで見たことがない顔だった。
「妻が亡くなった後、私は大学を辞めました。何もする気が無くなってしまいましてね…妻のいない家で一人、虚無感の中にいました。正直、このまま死んでもいいのかなと思えるぐらいにね。」
カップの中のコーヒーはすっかり冷めている。
「そんな時、妻の親戚の方からここの館長にならないかという話をもらいました。」
「そんな状態で何故、引き受けたんですか?」
「ここは妻が生まれ育った町なんです。ここに住めば、妻に違った意味で近づけるんではないかと思いましてね。」
館長は冷えたコーヒーを飲む。もはや温度は気にしていなかった。由美は黙って、館長を見つめていた。そして由美は疑問をぶつけた。
「そんな…奥様の地元で働くというのは余計に辛くなりませんでしたか?」
自分だったら耐えられない、そんな気持ちだった。由美の言葉に館長は表情を崩し、にっこりと笑った。
「確かに…そういう考えもあるでしょう。でもね、妻が生まれ育った町に住むことで、妻は私の心の中に生きてるんです。」
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