放浪カモメ


鴨居が家路についてからも佐野は資料の整理をしていた。


部屋の電気を消して、明かりといえばパソコンの光だけ。

そんな薄暗い空間で、ポツンと窓際にたたずみ、佐野は二つのグラスと高級そうなワインを手にしている。

「約束破っちゃってゴメン。あんたの誕生日だけは煙草吸わないって約束してたのに……」

佐野は机の一番下の引き出しから一枚の写真を取り出して、窓の枠に立て掛ける。

「それに、もう一つの約束も守れそうにないんだ……馬鹿な女だよね。」

写真には豪快な笑顔で、子供のように佐野に抱きつく一人の男性と幸せそうな顔をしている佐野の姿があった。

佐野は少しずつワインを注ぐと、片方を持ってもう片方のグラスにコンと優しく打ち付けた。

「今日からは私の方がお姉さんだね。ハッピーバースデイ……正喜(まさき)。」




佐野の忘れられない過去を杉宮が知るのは、もう少し先の暑く、雨で視界すらないそんな日のことになる。
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