放浪カモメ


鴨居の部屋には何もない。

もちろん、床の上に家具自体がないわけではない。

六畳一間、1Kのアパート。

布団はいつも起床と同時にたたみ、壁にたてかけている。

小さなテレビはあるが、もっぱら見ていない。

後は100円均一のお店で買った本立てと、実家から唯一持ってきたビデオデッキがあるだけだ。

「小5くらいに映画館で観たんだから、もう10年ぶりになるのか……早いな。あれからもう、10年も捨ててしまったんだ。」

月日を捨てた。と表現したのは鴨居なりの後悔のあらわれだった。

世間体ばかりを気にして、周りに気を遣い、夢もなく、ただ日々に流されてきた。

そんな自分の生き方を鴨居は今でも悔いている。


鴨居は借りてきたビデオを少し年期のはいったそれにいれる。

再生ボタンを押す、その指がわずかに躊躇(ためら)われた。



ガチャっと言う不格好な音の後。黒い画面に色彩が流れ込んでいく――――






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