放浪カモメ




今でも時々夢に見るんだ。

小学生の時に

母と兄と一緒に見た映画

その主人公は

自分と妙に重なるところがあって

感情移入してしまった

唯一の映画だった。


彼はどうしてあんなに強いんだろう?

たった一人で飛び出して

色々なことを経験して

自ら――

現状を打破してしまった。


オレも彼の様に

飛び出すことができたのなら――

オレも



オレも…………





「はぁ、はぁ、はぁ……」

鴨居は山道の整備の行き届いていない道でひたすらに自転車をこいでいた。

八月の中旬。

鴨居の熱い季節がようやく幕を開けようとしていた。

三日は着っぱなしのTシャツは汗でビショビショに濡れてしまっている。

ひたすらに自転車をこいでいると、山越えの途中の道路で鴨居は景色に目を奪われた。

ガードレールのほんの向こうは足も竦(すく)むような崖。

しかし、その底から視界いっぱいに深緑の生い茂る山々が連なっていた。

「凄いな……足元がコンクリじゃなかったら、もっと自然の中に生きていることを実感できたかな?」

その時、ほとんど人通りのないその道を、大型トラックが鴨居のスレスレを通っていった。

それを合図に現実に帰った鴨居はまた自転車を漕ぎ始めるのだった。





オレも彼の様に

飛び出すことができたのなら――

オレも



オレも…………きっと。



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