放浪カモメ
「大切な話だからちゃんと最後まで聞いておくれ。良いかい?要は勘違いしているんだ。」
静のその言葉に杉宮は体温が急に上がるのを感じた。
ガタッと音を立てながら、杉宮は立ち上がる。
「また親父の話?だったら悪いけど俺は帰るよ。」
露骨にそう言い放つと杉宮は病室から出ていこうとした。
しかし、そんな杉宮の足は彼には予想だにし得なかった言葉により、歩みを止めることとなった。
「要に本田の旅館を継いで欲しいんだ。」
杉宮は自分の耳を疑う。
「静兄さん、今なんて?」
「要。半田の旅館を、父さんの後をお前に継いで欲しいと思っている。」
杉宮は少しずつ、自分の足から感覚が消えていくのを感じた。
「だって……アイツはずっと静兄さんに旅館を継がせようとしていて。」
視界が揺れ、胃の痛みも頂点に達する。
「父さんは僕が倒れたその日から僕に旅館を継がせることは無い。無理せず自分の身体を一番に考えてくれ。と言ってくれていた。」
杉宮は自分の頭が混乱しているのを実感しながらも、あやふやな自分の言葉を止めることが出来なくなっていた。
「そんな、嘘だ。だってアイツは……料理長や仲居さん達から俺に継がせようと言われても、ずっと俺にだけは継がせられない。って……」
静はそんな杉宮をなだめることも、落ち着かせることもなく、低い声で言う。
「それは美由紀さんとの約束だったからさ。」