放浪カモメ
「母さんとの約束……?」
ますます混乱する頭を杉宮はもうどうすることもできなくなっていた。
「そうだよ。」
杉宮の足から完全に力が抜け、その場に座り込む。
「美由紀さんは僕の代わりに要か樹に旅館を継がせることにずっと反対していたんだ。」
静はしばらく間を置いて、杉宮が落ち着きを取り戻すのを待った。
「『ウチの子達に礼儀作法やしきたりの濃い仕事は向きません。それこそ半田の名に泥を塗ることになってしまうかもしれません。』これが美由紀さんの口癖だったらしい。」
「母さんは俺達よりも半田の顔を取ったっていうことか?」
静はゆっくりと首をふる。
「そして、その話をした後は決まって嬉しそうにこう言ったそうだよ。『ウチの子達はやんちゃ者で、籠に入れては生きていけません。あの子達にはどうか広い世界で何事にも縛られることなく、暮らさせてあげてくださいね。』と。」
優しい静の微笑みが、窓から差し込み光に照らされていた。
そしてしばらく沈黙がはしる。
外はちょうど真昼を迎えようとしていた。
「分かるかい要?父さんは半田の旅館を捨てることになっても、美由紀さんとの約束を守り通そうとていたんだよ。」
「し、信じられるもんか、そんなこと。」
静は少し曖昧な表情をして、杉宮を見下ろした。
「要……きちんと話もしていないくせに、その人の本質が分かるだなんて思うなよ。」
静の言葉が杉宮の耳の奥に届いた瞬間。
「………痛っ」
「要……?」
杉宮は気を失い、座り込んだまま前のめりに倒れる。
「要?かなめ!!」
静がすぐに自分のナースコールで看護士を呼ぶ。
杉宮は急性胃潰瘍でしばらく入院することになった。