放浪カモメ
『トゥルルルル……トゥルルルル……』
八月の上旬。
大学は夏期休暇の真っ最中である。
しかし講師たちに休息などはない。
佐野はちょうど仕事も一段落し、鳴っている電話に出た。
「もしもし佐野ですが。」
「もしもし明美ちゃんかい?」
少し年老いたか細い声に佐野は聞き覚えがあった。
「あ……お義母さまですか?」
「良かった。覚えていてくれたのねぇ、嬉しいわ。」
佐野は結婚をしていない。
養女というわけでもない。
電話相手のお義母さま。とは義母となるはずだった人――つまり、死んでしまった彼氏の母親のことであった。