放浪カモメ
「……親父?」
「ふぅ、ようやく目を覚ましたか。」
そこにいたのは杉宮が毛嫌いしてやまない、雲静だった。
もしかしたら、父さんが?そう一瞬でも思ってしまった自分が恥ずかしくて、杉宮は雲静とは逆向きに寝返る。
「静から連絡をもらった時には驚いたぞ。もうすぐ京都だったというのに東京へとんぼ返りだ。」
「何で戻ってきたんだよ?」
ぶっきらぼうな言葉だったが、杉宮に反抗の態度がないのは分かった。
杉宮は純粋に雲静が自分の病室へと戻ってきた理由が分からなかったのだ。
「自分の息子を心配しない父親がどの世界におる?」
雲静は真っすぐに杉宮を見てそう言った。しかし杉宮が視線を合わせることはない。
「さて、要も目を覚ましたことだし私は帰ろう。旅館を三日も空けるとサトばぁが喧(やかま)しいからな。」
サトばぁとは本田の旅館に長くから努める仲居さんで、雲静が出かけるときなどには旅館を一任する。
優しそうな外見とは裏腹に、口喧しく、時には手もあげる、しかし誰よりも旅館と客を大事にするおばあさんだった。
雲静は椅子にかけてあったコートを羽織ると席を立った。
「あんたは、母さんのことを……」
扉に手を掛けた時、小さな声で杉宮はそう聞いた。
振り向いた雲静はまるで杉宮の実父のような笑顔で一言。
「愛していたよ。」
雲静が帰ってからも杉宮はしばらく、病室の入り口を戸惑う表情で見つめ続けていた。