放浪カモメ
回り始めた
京都にあるしみせの旅館。
杉宮の義父、雲静は電話越しに誰かと話をしている。
いつもとは違った険しい表情に、それを見守る従業員達にも緊張がはしっていた。
「……さよですか。いえ、えらい申し訳ない。」
低い口調、ゆっくりとしたテンポ、そしてクーラーの効いた部屋で汗をかいている、異常さにそこにいた全員が事の重大さに気付いていた。
「無理を承知でお願いします、後少し後少しでかまへん、待ってやってください。」
威厳ある当主のその惨めな姿を、従業員達は目を逸らすことなく目に焼き付ける。
「……はい。……はい。………なっ!?そんな馬鹿な話ありまへんやろ。」
雲静の取り乱した声に部屋の空気が一瞬にして凍り付く。
「そんな坂田はん、そんな殺生な話………。いや、仕方ありまへんな、はい宜しく頼みます。」
受話器を置いた雲静だったが、途方に暮れたようにダイヤルを見つめ続けていた。
すぐにでも電話を掛けなければならない人物が二人いたからだ。
しかし、その日に雲静が再び受話器を取ることはなかった。