放浪カモメ


「…………。」

畳に写る雲静の影が小さく震えていた。

そして今まで沈黙を貫いたサトばぁが、雲静のその姿に声を荒げる。

「雲静!!なんぼ自分の力足らず言うても、当主が下の者にそないに簡単に頭を下げるとは何事や。顔上げて、その足りとらん頭で考え!!自分のその姿に他の者が何を感じとるのかをな。」

サトばぁに一喝され、雲静はゆっくりと頭を上げた。

その目に、自分を慕い支え続けてきてくれた従業員達の悔しいそうな、悲しみに暮れた表情が写る。

目を逸らしたい思いを振り切り、雲静は真っすぐに従業員達を見つめた。

その姿はまごうことなき当主としての威厳に満ち溢れたものだった。



「……坂田のとこに借りたんは確か3億と5000万くらいやったか?」

サトばぁの声に雲静は頷く。

サトばぁはもうすっかり覚めてしまった茶をすする。

「雲静、要をこっちに連れ戻し。」

杉宮をこのタイミングで連れ戻す意図に雲静は思い当たるものがあって、躊躇する。

「……しかし織里さん、それは要が。」

「雲静、馬鹿者が!!自分それは自分がどれだけの物を背負っているのかホンマに分かってての事か?」

代々続いてきた半田の旅館。

それを自らの代で降ろす、そのことの重大さは雲静もよくわかっている。

しかし、それでも関西を離れようやく自由と笑顔を取り戻した杉宮、我が息子を思うと気が引けてしまった。

それでもサトばぁは揺るがない。

「この旅館を潰すことはウチの目が黒いうちは何があっても許しはしまへん。今スグにでも要を呼び戻して、延期にしとった三芝財閥の令嬢との縁談に入らし。」

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