放浪カモメ
杉宮の全身から血の気が引いていく。
冷たい汗が額を伝う。
「……怖い、か?」
佐野の表情は穏やかだったが、何か冷たく、そして悲しかった。
「そんな、先生まさか…」
一糸纏わぬ佐野の身体。
服で隠れるのであろう、首から下はアザやひどい火傷の跡がはっきりと、全身に無数にあった。
「怖いに決まってるよな。すまない。」
佐野は白衣をヒョイと取ると、素肌にそのまま覆う。
「私はな。母親に毎日のように殴られ罵倒され、ガンで死ぬ最期まで、一度も愛されることなく育った。」
混乱とショックで言葉の出ない杉宮。
「私は父親の顔を見たことがない。当時母が付き合っていた男は、母が私を身籠ったと知ると養育できないからと、母と私を捨てていったらしい。」
黙々と話をする佐野。
その横でまるで自分のことの様に杉宮は泣いていた。
「男にフラれたのは私のせいだ。母の口癖はそれで、私さえ生まれなければ自分は幸せな生活を送っていたのに。そう毎日言っていたよ。」
へたりと座り込む杉宮。全身の力が抜けてしまっているかのようだ。
そんな杉宮を佐野は優しく抱き締めた。
「愛を知らずに育った子供が愛を以て子供に接することなんてできないんだよ。子供は親の鏡と言われるように、子供は親の真似をして育つ。私は虐待をされて育った、私はきっとその悲しみを…怒りを…何もかもを自分の子供に擦り付けるに決まっているんだ。」
言い切る最後。本当に最後に佐野は一雫だけ涙を溢した。
「だから、私には子供を作る資格がないんだよ。」
堪え切れなくなって杉宮は声を出して泣いた。
決して泣かない佐野。彼女の分まで杉宮は声を出して…泣いた。