放浪カモメ
葛城は鴨居の話をただ黙って聞いた。

「うん、なるほどね。その年で彼女が妊娠とは大変だね。」

葛城はポリポリと頭を掻く。

「うちはね、あのヤクザみたいな社長が一から作り上げた大工の工務店だ。力仕事だらけだし、もちろん専門知識だって嫌になる程必要になる。勤務時間だって納期が迫れば残業だって当たり前の世界。」

葛城はほんの少しだけ間を置いて、それを聞く。

「正直きみには無理だと思う。それでも働くかい?」

じっと鴨居の瞳を見据える葛城。

鴨居はゆっくりと口を開いた。

「確かにオレには無理かもしれないです。でも、オレを待ってくれてる人が居ます。できなくたってやってみせます。」

濁りのない瞳は少しもぶれることなく葛城のことを見つめていた。

「そう。」

優しく頬笑む葛城。

鴨居のその言葉には自信など少しもないが、瞳には揺るぎない覚悟が見えた。

「青くせぇガキだな。でもま嫌いじゃねぇ。おいガキ、口でなら何とでも言えらぁ。御託並べなんざしねぇで行動で示してみろ。」

鴨居の頭をガッと掴み、あの壮絶な抗争に勝利した、社長が言う。

「ガキじゃありません鴨居友徳です。宜しくお願いします。」

精一杯の勇気をふりしぼり鴨居がいうと。

その態度が気に入ったらしい、嬉しそうに自分の顎をなでながら言う。

「オレは濱田って者だ。おめぇが使えるようになったら名前覚えてやるよ。せいぜい働け、ガキ。」

そう言って濱田は笑いながら事務所へと入っていった。
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