放浪カモメ
「もう一つは息子から明美さんへの約束。もし自分が先に死んだなら、すぐに他に好きな人を見つけて自分の分まで幸せになって欲しい。」

正紀の佐野に対する深く、そして澄んだ愛。

「僕はそれまで幽霊になって約束を果たすのを見届けるし、素敵な相手を見つけたのなら仏になって二人の幸せを見守り続けるよ。と。」

会場中から啜り泣く声があふれだす。




「明美さんは息子が死んでからの五年もの間、その約束を守れずに独り悲しみに暮れていました。その間にもいい人との出会いはいくらでも有ったでしょうに。」

和子はハンカチを取り出して涙を拭う。

「それはまるで、仕事に打ち込むことで息子を忘れようとして、逆に息子に縛られてしまっているかのようでした。」

杉宮はこの和子のスピーチをどんな気持ちで聞いているのか。

そんなこと思ったら鴨居は胸が苦しくなった。

「そんな明美さんを変えてくれたのはある二人の学生との出会いだったと聞きます。今日もその二人には来て頂いているんですよ。杉宮さんと鴨居さん立って頂けますか?」

和子にそう言われて二人は立ち上がる。

すると即座にスポットライトが二人を照らし、会場中から拍手が起こる。

「この二人の学生との出会いが明美さんを立ち上がらせ、再び前に歩きださせたのだそうです。」

佐野のそんな思いを聞いて、杉宮は一粒だけ涙を流した。

「杉宮さん鴨居さん、ありがとうございました。」

和子は二人に向かって深く丁寧なお辞儀をした。

二人も軽く礼をして席につく。

「長くなってしまいましたね。新郎の達男さん。この子は強がってみせるけど、とても繊細で傷つきやすい子です。どうかあなたの暖かさでいつまでも包んであげてください。」

最後にまた一礼をすると和子は席に戻った。

巻き起こった拍手はしばらく鳴り止まずに、いつまでも会場に響き渡っていった。



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