放浪カモメ


「うげ、パパいったい何をしてるの?」

真新しいマウンテンバイクを汚れてもいないのに、雑巾で何度も何度も拭く鴨居。

それを呆れた眼差しで見つめている雛。

「何って、今日から雛は大学生になって一人暮らしだろ?パパの手を離れてしまうのは悲しいが、そろそろ自由に生きようかなって。」

月日の経つのは早いもので、雛が産まれてから18年も過ぎた。

見事に大人っぽくなった雛は、もう立派な女性といった感じに見える。

「それにね、これはママとの約束なんだよ。」

「ママとの約束?」

鴨居がメグと交わした約束。

それを今になって、いや今だからこそ鴨居は果たそうとしていた。

「雛がパパとママの手を離れたら、また一緒に旅をしよう。って。それでいっぱい写真撮って雛に見せてやるんだって。」

雛はあまり母親のことを聞きたがる子ではなかった。

自分には母親が居ない。しかしそれを負い目に感じることなど一度もなく雛は育った。

雛は母親のことを、何気なく鴨居の昔話に出てきたメグ。

そのくらいにしか知らなかった。

しかし、その二人の約束に両親の愛を感じて嬉しかった。

「旅は分かったけど……なぜ自転車?パパもうアラフォーなんだから自覚もってよね。」

「だってメグが自転車が良いって……」

雛の的確なつっこみに、少しスネる鴨居。

「はいはい。じゃ、気を付けて行ってらっしゃい。ちゃんとママのお墓に寄ってから行きなよ?」

何だか雛はどんどん大人になってしまうなー。なんてセンチメンタルに浸るパパ。

「じゃ、私もう時間だから行くね。ばいばいパパ。」

「おう、身体気を付けてな。何かあったらおじいちゃんとおばあちゃんに来てもらうんだぞ。」

分かった。と笑顔で手を振って雛は大学のある東京へと向かっていった。




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