放浪カモメ
樹はそんな康太の胸ぐらを掴み、強引に立ち上がらせると右手で康太の口をガッと掴む。
「誰の指示だ?早いうちに吐いちまえわねぇと、その内喋れなくなっちまうぞ。」
ドスの効いた低い声は、ただでさえ怯えている康太の戦意を喪失させるには十分すぎるほどだった。
「み……美鈴に頼まれたんだよ。気に入らねぇやつがいるから、ぶっとばして欲しいって。」
鴨居はその時ようやく、大川に初めて会った日に感じた胸騒ぎの本当の正体を知った。
「あ?美鈴だ?誰だよ。」
「あ、あんた達だって聞いたことあるだろ?ここらじゃ色々と有名な大川財閥の一人娘だよ。」
大川財閥とは、数世代に渡って金融業を営んでいる会社。
その社長は県内の年間長者番付に必ず名を刻むほどの大金持ちだ。
そして、その一人娘である大川美鈴は大川財閥の令嬢であること以外でもその名が知られていた。
「金でここらの不良共を飼い馴らしてるって噂のアイツか……」
康太は小さく何度も頷いた。
「もう、いいよ樹。放してやれ。」
杉宮が樹の腕を掴み、そう言うと樹は不服そうにしながらも、康太の襟から手を離した。