共鳴り
会話らしい会話なんかしなかった。


彼は自分に何かを求めることもなく、抱くわけでもないのに、ただ一緒に居てくれる。


例えば今日が何月何日なのか、今が何時何分なのかも知らず、麗子はただ、その部屋で生きていたのだ。


週に一度、おばさんみたいな人がルームキーパーに来てくれる。


それ以外に人の来訪はないけれど、彼女はその人とすら、会話をしなかった。


食事は毎日宅配で、その日の肉や魚や野菜が届けられるので、することもない麗子はご飯を作る。


外に出ることもなければ、テレビさえ観ない。


嶋さんは、ほぼ毎日家に帰ってきた。


どんなに遅くなろうとも外泊することはなく、遠くに行かなければならない時は、事前に教えてくれたらしい。


同じ部屋で過ごし、同じベッドで眠る。


やっぱり会話らしい会話なんかなかったけど、唯一朝起きて、彼は自分にコーヒーを淹れてくれた。


だからその時間とブラックのコーヒーだけは、嫌いじゃなかった、と。



「愛でも情でもないわ。
自分の世界に居る唯一の人が嶋さんだった、というだけのことよ。」


夏になれば夏服を、冬になれば冬服を与えられた。


古い洋書の物語が好きだと言えば、それも買ってくれた。


でも、外に出たいわけでもないし、彼も何も言わなかったから、そんな風な毎日を繰り返していた。



「兄や兄の家族がどうなったのかは知らない。
ただ、気付いたら彼女は16になっていた。」


もちろん今がいつなのかわからないのだから、それは後から知ったことだけど。


嶋さんのマンションから望む景色が、少しだけ変化したのだ。


隣に新しいマンションが建つのだと知った時、時間の流れを感じ、永遠にこのままではダメなのだと思った。


もちろん彼は何も言わないけれど、ふとそう思ったことがきっかけだった。

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