共鳴り
お店と共に、嶋さんは新しいマンションまで用意してくれた。


別々に暮らすことになったとしても、相変わらずふたりは互いを干渉し合うことはない。


ただ、月に一度だったり週に一度だったり、昼時の喫茶店に呼ばれ、席を共にした。


だけどもふたりは近況を話すでもなく、黙ってコーヒーを呑む。



「お前、25だって言ってるらしいじゃねぇか。」


「聞かれたから、頭に思い浮かんだ数字を答えたの。」


そこに意味はなかった。


名前だとか年だとか、風俗やってる理由だとか、客は何故か聞きたがり、知りたがる。


人というものは、不思議だった。


所有欲というものもまた、不思議だった。


だからなのかもしれない、嶋さんと居る時だけは、少しばかり心地よくも感じていたのだ。


馴染んでいる、という言葉が適切かどうかはわからないが、そんな感じだったろう。


コーヒーとジョン・レノンと彼だけは、空気のようなものだと思う。


嶋さんがどんな仕事をしているのか、ちゃんと知ったのは働き始めてからだったろうけど。


例えばクスリを扱っていると知っても何も思わなかったし、誰かを騙し、金を得ていると知っても、やっぱり何も思わなかった。


自分にさえ興味がないのに、嶋さんのことも、彼によって踏み付けられる側の人のことも、まるで興味がなかったのだ。


毎日は繰り返されるだけ。


暑いとか寒いとか、晴れているとか雨が降っているとか、その程度の変化しかない。


だからそれは、彼女の心を動かすまでに至らない。


楽しくもなく、だからといって辛いわけでもなく、ただ毎日が過ぎゆくのだ。

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