月のかけら
一夜
群青の空にぽっかりと丸い月が浮かんで
いる。

蒼白い月明かりの差し込む駅の構内は、
まだ午后九時を少し回ったばかりだと
いうのに人の姿もなくシンと静まり返っ
ている。

改札口横のベンチに腰掛けながら、
高野(たかや)は先程からずっと月を見
上げていた。

木製のベンチはきしきしと、高野が脚を
組みかえる度に乾いた音を響かせる。

その音に重なるように、構内アナウンス
の声が一番線ホームに電車の到着を告げ
た。

普通電車しか停まる事のないこの駅では
夜遅くになると、人の乗り降りもさほど
多くはなく、土曜のこの時間に於いては
ほとんど見られない。

電車から降りたまばらな人影が去った駅
は再び静けさを取り戻し、高野の姿だけ
が軋むベンチの上に取り残されているよ
うだった。

「そろそろかなぁ」

高野は右手にはめている腕時計にチラリ
と目を落とした。

時刻は九時三十分。

ゆうに四十分以上はこのベンチに座って
いる。

好きな月を眺めていれば、待つことに苦
を感じることもなかったが、さすがに疲
れてきたのか、しきりにポキポキと首の
骨をならしている。

待ち合わせの時間はとうに過ぎていた。

時間よりいつも早く来てしまう高野は
夏於(なつお)が来る迄いつも待たさ
れる。

遅刻魔の夏於は大抵三十分以上遅れる
ので、履く来てしまう高野と、遅れる
夏於の時間差分だけたっぷりと待たさ
れるはめになるのだが、夏於はそんな
ことは一向におかまい無しだった。

今の今まで、早く来た試しがない。

「そろそろかなぁ」

高野は大きく溜息をつきながら、もう
一度夜空を見上げた。







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