月のかけら
時計の針が九時半を大幅に回った頃、
ようやく夏於が現れた。

「ごめん、ごめん」

走って来たせいか、軽く息を弾ませてい
たが、相変わらず少しも悪びれたところ
がない。

「ちょっと、遅かったね」

高野は皮肉たっぷりの笑顔を向けた。

「出かけ際に母さんにみつかっちゃって
サ、バレないようにやっと抜け出して来
たんだよ」

「夏於も見つかるのがわかってるんだか
ら、いい加減少しは早く出て来るように
すればいいだろ」

「ぼくなりに努力はしてるのサ」

「結果の伴わないものは努力って云わな
いんだよ」

「まあ、そう云うなよ。高野はうちの母
さんのしつこさを知らないからそんなこ
とが云えるんだ」

確かに夏於の母は、過保護と云うか、猫
可愛がりと云うか、要するに、夏於を籠
の鳥状態にしておきたいのではないかと
思われる行動をやってのける。

「夏於はお母さんに愛されちゃってるか
らね」

「単なる子離れが出来ないだけなのサ。
高野のところみたいに自由で放任主義な
親がうらやましいよ」

「うちは親の方が好き勝手してるからな
ぁ」

高野はほんのちょっとだけ夏於に同情し
ている。

親のありかたで自由が制限されかねない
のは、子供のジレンマとも云えた。

「夏於のお母さんの気持もわからなくは
ないんだけどね」

「どこが?」

夏於が眉をひそめた。

ー夏於にはわからないよー

高野は口にこそ出さなかったが心の中で
呟いた。

夏於には放っておけない何かがあるの
だ。

「だからっていつも遅刻していい訳じゃ
ないけどね」

「高野も母さん並みにしつこいな」

夏於のお家事情がわかるだけに、遅刻は
さほど腹が立つことではない。

お人好しの高野に夏於が甘えているのは
事実だが、どこか憎めない夏於の存在は
常に新鮮で目が離せなかった。



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