国王陛下は純潔乙女を独占愛で染め上げたい
シギネアの涙が、アニウスの胸をぬらしていた頃、
肌を切られるような、冷たく鋭い風の刃が、枯れ井戸の脇をすり抜けていた。
月明かりに照らされた影は、二つ。
「後悔は、しないか?」
「はい」
「マルスが、それを望んでいなくてもか?」
「マルス様は、王ですもの。この国を支えていただかなくては。
今の私は、邪魔をすることしかできませんから」
“女”は、かすむように微笑んだ。
「混乱がおさまるまでは、みな、私の事を忘れているかもしれません。
でも」
女は、そっと月を見上げた。
「国が、正常に機能し始めたとき、再び私の身分や素行が問題になってくるでしょう。
私は、王妃には、ふさわしくありませんから」
「まぁ、人間ってのは、そういう生きもんだからな。喉もと過ぎれば熱さを忘れる。
マルスが、飢饉を救えたとしても、来年豊作になれば、
みんな王のありがたみなど考えもせず、やることなすことにけちをつけるだろうよ」
男は、不敵な面構えで、にっと笑うと、枯れ井戸の中を覗いた。