メランコリック症候群
コンロにセットしていたケトルが独特の笛のような音を立て始めると、彼女はカップとポットを入れた鍋から湯を捨ててタオルでその水滴を拭った。

「高橋君、すまないけどコンロからケトル外してくれないかな」

はい。素直にそう返して立ち上がると、俺はコンロの火を止めて淡いピンクのケトルを持ち上げる。

ずっしりと手にかかる重みと湯気。最近は気温も幾分夏らしくなってきて温かい飲み物は避けていたんだが、えらく力が入った彼女の紅茶の入れ方に何も言い出せなかった。

俺でも知っている有名紅茶メーカーの袋からアールグレイをスプーンで量り入れていた彼女の元に行き、別段話しかけるわけでもなく横に立ってみる。

カーテンの隙間からトラックを走っている男子生徒が見える。プールからも女子の高い声や体育教師の笛の音が聞こえてくる。屋上の上でサボるときとは違う自分だけが日常から切り離されたような感覚、変な気分だ。

「ほら、高橋君。ぼーっとしてないでティーポットにお湯入れて」

せっかくカップも温めたのに冷めちゃうよ。そう言ってにこにこ微笑んだ。いつの間にかアールグレイの茶葉が入った銀の袋をしまい、彼女はソファーに座っていた。

「……どこまでですか?止めて下さいね」

「んーとね……はい!そこまででいいよ」

ポットの横にあった蓋を被せ、俺も彼女の正面に腰を下ろした。……そのにこにこ顔を止めてもらえないだろうか。どんな顔をしたらいいかわからなくなってしまう。

「……」

笑顔で見つめてくる彼女の方をできるだけ見ないようにしながら、ラングドシャに手を伸ばした。薄く焼かれたクッキーは大して抵抗することもなく口の中で崩れる。バターと砂糖が原材料の大半を占めるラングドシャは、体に悪そうだと思いつつも摘む手が止まらない厄介者だ。もちろん、大好物だという意味で。

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