メランコリック症候群
「おいしい?」

「はい」

甘さを抑えてあるのだろう。その近所で有名なcradle.という洋菓子店のラングドシャは、コンビニなんかで買ったり、宏にもらうチョコレートを中に挟んであったりする物よりもずっと『大人向け』な味がした。

「良かったぁ。キミって甘いもの好きそうじゃないから」

食べてくれなかったらどうしようって思ってた。そう言って笑うと、彼女もクッキーの山から1つ摘んで口に入れた。ポットからほのかにアールグレイの香りが香ってくる。

「そんなに甘いもの苦手そうに見えますか?」

「好きそうには見えないかな」

笑う彼女に、そうかも知れないなと少しおかしくなった。大抵の人は俺に寡黙で冷静沈着なイメージを持つらしいから、甘いもの好きには誰も思わないのだろう。自然に口に笑みが浮かぶのが自分でも分かった。その時、俺は初めて自分から彼女と目を合わせた。

「あ、やっと笑ってくれた」

どうして彼女の方を見ないようにしていたのに、勝手に顔が上がってしまったのだろうか。彼女は驚きと喜びの両方を孕んだ表情をしている。しまった。思わずそう思って視線を外した。しかし、もう手遅れで。

「ははっ。何だか、ホッとした!」

「……何がですか」

「だってキミ、そんなに優しい顔で笑えるだなんて思わなかったんだもの」

俯き膝を見るのを止めてゆっくりと視線を元に戻すと、彼女ははにかんだような笑顔でティーカップに紅茶を注いでいた。途端に強くなる香りが鼻孔をくすぐる。茶葉を取り出し、カップの7分目まで紅茶を入れ終えると、ソーサーに乗せて手渡してくれた。


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