メランコリック症候群
「ありがとうございます」

「あ、お砂糖とかミルクとかシロップとか、入れる?」

「……いいえ、紅茶は甘いの好きじゃないんで」

甘い物は好きだが、甘い紅茶は苦手だ。ジュース感覚で皆が好んで買う紙パックの紅茶なども、甘過ぎて飲めない。体が受け付けないほど嫌いじゃないんだが、求めている物が違いすぎる。

湯から出して大分時間が経ったのに、カップの持ち手はまだ温かかった。軽く息を吹いて紅茶の表面が波打つのをしばらく見つめた後、ゆっくりと口に含む。アールグレイ独特の強い香りが心のわだかまりを隅々まで洗い流していくようで、心地よい。口一杯に広がる苦味を楽しみながら嚥下した。

クラスの皆も教師も誰も、俺がカウンセリング室で優雅にお茶をしているなんて思ってはいないのだろう。こういう状況を作っておいて何だが、余りにも非常識すぎる光景ではないだろうか。耳にとどく体育の笛の音が妙に現実味を帯びていて、異様さ具合を加速させる。

「さて、飲み物も準備できたことだし、早速本題に入りますか」

カタリと小さな音を立て、彼女はカップをソーサーの上に置いた。膝の上でゆったり手を組んで俺を見据える。口元には笑みを浮かべたままだが、明らかに違うのは穏やかさの中に力強さを持った視線。

「じゃあまずは、キミの事教えて?何でも良いから沢山。私、キミの事まだ全然知らないし」

「俺の事?何でもって……」

何を答えたらいいのか全く見当もつかない質問だった。俺の趣味?友達付き合い?家族のこと?返答に困って微笑む彼女を眉を寄せて見つめ返した。

「んーやっぱり話しにくいか。えっと……そうだなぁー、じゃあYESかNOで答える質問ね。ズバリ、キミが悩んでる原因は家族の事ですか?」

YESと答えなくてはいけないのか?しばらく頭の中でそんな大して重要でもないことを考えてから俺は、はいと答えた。彼女は俺が『YES』と答えなかったのが不満なのか、唇を少し尖らせた。

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