メランコリック症候群
何故かはわからないがやたらと喉が渇く。ソーサーごとカップをテーブルから持ち上げて紅茶を一口口に含んだ。

「家族とぎくしゃくしてるの?」

いいえ。俺は紅茶で潤した喉で即答していた。

ぎくしゃくはしていない。たまにしか家族が全員揃わないというのは確かだが、会話も笑いもあるし、何らかの記念日などには一緒に食事さえできないもののプレゼントやらを皆が用意し合う程度には家族円満だ。

「両親の仲が上手くいっていないとか」

いいえ。それも違う。

おっとりしている母と、その母の穏やかさに完全降伏で惚れ込んでいる父。2人の間には喧嘩と呼べるほどの争いもなく、お互いに50半ばを目の前にしても仲睦まじく上手くやっている。

「じゃあ、兄弟はいる?」

「……一応。産婦人科医の姉と整形外科医の兄がいます。」

姉とは10歳、兄とは8歳も年が離れている。2人共とても優しくて、年が離れているせいか大分甘やかされていた気がする。

幼稚園から小学校、中学校、高校大学、はたまた塾や愛用の参考書まで優秀な姉と兄が辿った道のりを追いかけるように自分も選んできた。進学する度に姉や兄の恩師に2人の優秀さを熱く語られ、尊敬と同時に対抗意識も芽生えてきて、気が付けば、その高橋兄弟歴代の模試云々の成績を塗り変えていた。

「へぇ!お医者さんの家族なんだね。そっか、ならキミもお医者さんにならなくちゃいけないって事、それが悩みなんだね?」

「……」

多分、と言うよりも、俺の悩みのかなりの割合をそれが占めているのだろう。コクリと頷いて、俺はラングドシャの入ったかごの横に置かれたシュークリームに手を伸ばした。

下に敷かれたアルミケースごとカスタードクリームが溢れそうに詰まった見るからに甘そうなそれを手のひらに乗せる。……宏に1個ぐらい持って帰ってやるか。飛び上がって喜ぶ姿が目に浮かぶようだ。


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