メランコリック症候群
「医者になれって強制されてるの?」

いや、そうじゃない。

何にでも好きな職業に就け、と家族は言う。誰も強制しようとはしない。強制しているのは、高橋 楓はこうあらねばならないと言う自分。心に巣くった、もう一人のカエデ。

「将来、やりたいことが他にあるの?夢とか、そういうの」

……分からない。分からない。

自分が分からない。

今まで、自分の前に敷かれたレールを辿ることに微塵も疑問を持たないでいた。そうする事で自分は周りから誉められたし、何より、楽だったのだ。

昔は自由時間を与えられると困ってしまうような子供だったように思う。自由は、俺にとっては苦痛だった。自由である時間を少しでも減らすためにお下がりの問題集を解く。親や先生に薦められた本を読む。それはとても、楽だった。ずっと、ずっとそんな考えでいられたのなら何の問題もなかったのに。

初めて疑問に思ったのは、2年に進級したばかりの頃だった。ホームルームで配られた進路調査表。いつものように第1希望の欄に大学名を、学部の名前を書いているときだったか。

医学部医学科。大して筆圧は濃くないし、滅多に無いことなのに、そう書いていた時にシャーペンの芯が折れた。ポキリと小さな乾いた音をたて、折れた芯が飛んでいくのが視界に入る。

それがいけなかったのだ。

書きかけた文字を見下ろして、気が付いてしまった。

何が『第1志望』だ。

これは、本当に俺の意志なのか?

イガクブイガクカ。そう書くのが当たり前のことのように思っていた。

姉が、兄がそうであったように。そうあらねばならないと決めつけていたのは、自分であったのだと気が付いてしまった。

書け。

後ろからオレが俺の背中を見ている。

書け。

俺の背中を、冷たい色を帯びた瞳で。

背中に一筋流れ落ちた汗を感じた。

後ろから用紙を回収に来た生徒が、俺から紙を受け取り教師の元へと提出しに行く。

第3志望まで全て、『医学科』で埋められた用紙を持って。

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