メランコリック症候群
「2時から吹奏楽部のコンサートで客足も落ち着くだろうから、今楓が相手してるお客さん帰ったら昼飯食べに行こ。悠里のクラスが露店でたこ焼きやってるらしいし」

買いに来いって言われてるし。

そう言って楽しげに笑う宏が、何故だか眩しい。 あぁ、コイツは美月の事が好きなんだろうな。宏の態度を俺がそう解釈したのは、いつのことだったか。1年の時、美月がまだ大人しかった時からコイツが見せる態度は他とは違う好意を彼女に向けていたように思う。

そこまで真っ直ぐに純粋な好意を持つということ自体、俺には別世界の話のようでどうしても現実味が感じられない。俺が持つ感情は宏と比べると、くすんで曇ったガラスのように透明感のない不安定なものばかりだ。

あの日、白石と山下に感じた気持ち。軋んだスチール缶。じわりとカッターシャツに滲む汗。彼女が俺の肌に残した、淡い微熱。

きれいな感情など、俺には無縁なのだろうか。湧いた感情の名前も、理由も知っている自分が汚く思えて仕方ないのだ、宏を見ていると。

「そうだな」

短くそれだけを返して、俺は最後にミルクのポットをワゴンに乗せた。頑張れよと宏が背後で微笑みかけてくるのが、気配で感じられたが俺はそれに気付かない振りをして、教室のドアを開いた。

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