インテリと春
「…あんた、現国の安田だっけ」
「へーわざわざ覚えてくれたのかー」
「なんか馬鹿っぽいからね」
「んだとクソ餓鬼」
「あたし“馬鹿”は嫌いだけど、あんたは嫌いじゃない」
上手く言葉に出来ないけれど、そこいらの教師とは何かが違う。歳が近いから、なんて簡単な理由じゃない。今まで接したことのないような、新しい言葉を与えてくれそうな、棘の無い丸くて温かな存在感。
例えるなら、それはあたしにとって青空に顔を出すお天道様のようなものだったんだろうか。
「たぶん惚れた。本気であんたに」
「へ?」
「でも、あんたはあたしを振るよね」
「…そりゃあ、まあ…」
「良いんだよそれで。教師と生徒だからとか、会ったばっかで何も知らないからとか、いきなりだからとか…そんな理由はどうでもいい」
外を眺めると、いつの間にか雨は止んでいて。重たい雲の隙間から、今にも太陽が顔を覗かせようとしている。
「あたしは、あんたに好いて貰えたところで、何も出来ないから」
そう、何も出来ない。何もしてやれない。
一時伏せていた両目を再度持ち上げて「振られた記念にその傘あげるよ」と言い残し、中途半端な晴れ間を縫い歩いていく。紺のソックスに包まれた足下は、雨の余韻でまだ少し肌寒い。
そんないつかの雨降りの日が、安田との馬鹿馬鹿しい付き合いの始まりで、奇妙な告白の終わりだった。