インテリと春
餓鬼に負けない程の無邪気な笑顔を残して、安田は先に職員室へと戻って行った。窓の外は雨、雨、雨。それでも一人この空間に残されたあたしは不思議と落ち着いている。片耳からはテレビの声。片耳からは雨の音。
「アケミ、か…」
その通りだと思った。安田の言っていたことは何ひとつ間違っていない。一言一言があたしの乾き切った地面に染み込んで、傍迷惑な程に水を湧かせていく。
けれど安田がひとつ忘れていたこと。それは、あたしの側に居るのはアケミだけでなく、安田も同じだということだ。
「やすだぁ…」
何も知らなかった安田の苦労話に同情している訳じゃない。一人残された今の現状に怯えている訳じゃない。ただただ、何かが嬉しくて、温かくて、泪が頬を伝ってしまっただけだ。
雷鳴と共に雨が降る。つまり、空が泣いているのは、自分と同じように温かい心の支えがあったからなのだろうか。決して悲しみに暮れているのではなく、何かに嘆いているのではなく。暖かな太陽に照らされて、真白い雲が泳いでいることはこんなにも当たり前で幸せなことなのだと、声高らかに叫びながら、雨雲の上で泣いているといい。
そして泪が乾いた時には、快晴という笑顔がやって来る。だからどうか、窓の外に降り注ぐこの泪が、喜びの泪でありますように。ねえ、母さん。