インテリと春
まだ日も明るい5時過ぎ頃。アケミは「また明日ね」と言い残し帰って行った。
つけっ放し状態のテレビの音。アパートの外を走り回っている近所の子供達の声。空に黒くボールペンで描いたような電線の上のカラス。それらを耳で聞き、目で眺めながら、丸テーブルの上の物を片付けていく自分。
そして、最後にキッチンへと運んだ二つのコップのうち、片方の懐かしいコップを見つめて先程の電話を思い返す。相手は、あたしの父だった。
“元気にやってるか?先生方からは何も連絡はないぞ。ということは相変わらず頑張ってるようだな。安心したよ。お前は成績さえ良ければそれでいいんだ。成績さえ良ければ何をしても構わない。父さんは何も文句を言わない。お前は勉強だけしていれば、この先も生きていけるんだよ”
毒を含んだ言葉の数々にとうとう耐え切れなくなり、そこで一方的に電話を切った。約三ヶ月ぶりの会話に出てきた父からの問い掛けは、たったのひとつだけ。残りは全て押し付けるような言葉ばかり。
あれ程無駄な電話は掛けてこないでと強く言ったのに。もう放っておいてと、そう言ったのに。
父さんの言葉は、いつも優しい仮面をかぶって、あたしを押し潰そうとするから。母さんの存在を、どこかに思い出させてくるから。
「元気とか、ふざけたこと抜かさないでよ…」
親の脛をかじりたくないと言いながら、親の金で離れた場所へと逃げ失せ、親の言われた通りに生きている自分が居る。楽な道へ、楽な道へと、足掻いてまで必死に選んでいる自分が居る。
情けない。こんな娘なんて、面倒だと投げ捨てられても仕方ないじゃないか。自分で立ち上がることもせずに、“嫌なこと”から逃げてばかりのあたしなど。
「うんざりだ」
周囲から人が減ると、その空間は窮屈さを失い、酷く楽な自由を得る。
それなのに。あたしがこうしてせっかく与えて貰った偽りだらけの自由は、周囲から人を失うとただただ辛くなる一方で。
淋しい。なんて窮屈な自由なんだろう。本当に、自分でも面倒になる。