インテリと春
ひとつ目の雨
母が生きていたのなら、或いはそれを口に出来たのかもしれない。
“おかえり”
“……た、ただいま”
しかし、もつれるような足取りでどうにか家へ逃げ帰っても、待っているのは父だけだった。そんなことは当たり前。分かっている。すでに死んでしまった人は生き返ることなどないし、もし生き返ったとしても、母があたしを慰めてくれる保証などどこにも無い。
“どうした?制服が泥だらけじゃないか。何かあったのか?”
“な、何も…無かった”
“そうか、ならいいんだ。父さん今から急に仕事が入ってな。明後日まで帰れないだろうから、またおばあちゃんの家で面倒見て貰いなさい”
父は、まるで「仕事」という言葉しか知らない人のようだった。いつも仕事、仕事、仕事。献身的にあたしの面倒を見てくれた記憶などひとつも無い。
“…分かった”
だから、酷く土砂降りだったその日も、どうして泥だらけの姿だったのか、つい先程まで何があったのか、あたしは何も話すことが出来なかった。父に迷惑をかけてはいけない。父に話しても助けてはくれない。
ただ面倒だと、突き放されて終わるだけ。そう思った。
“お母さん…”
「母さ…」
目を覚ますと、そこは薄暗い保健室のベッドの上。隣のベッドには至福の時を味わうかのような顔で寝入っているアケミ。