インテリと春

「あー寝過ぎた…」

そういえばそうだった。今日はひと月に数回訪れる保険医の欠勤日。そこで睡眠不足を補おうとアケミが言い出し、朝からこうして熟睡しっ放しだったんだ。ちなみに保健室の扉はきちんと施錠済みなので、誰も違和感を抱かず、入って来ることもない。

ふと、保健室の時計を見上げる。針が指し示すのは午後の2時半。そろそろ起きた方がいいか。昼食もとっていないし。取り分けあたしは構わないけれど。

「アケ、ちょっと、起きろっての、ねえアケミ」

「…ん、もう朝…?」

「朝っていうか昼の2時半です」

「いかーん!」

起き上がり小法師よりも遥かに素早く起き上がった彼女。慌ててソックスを履き、ネクタイを締め、カーディガンを羽織る様は、あたかもアケミの日常を垣間見たような気分である。

今更何をそんなに慌てているんだろうか。本人へ訊ねると、数日前から始めたバイトに遅れそうなのだと言う。

「何時から?」

「今日は2時半!」

「全然間に合わねーじゃんよ」

「うるせー!」

ドタバタという漫画のような効果音が今にも聞こえてきそうな慌ただしさに素知らぬ顔をして、本格的に梅雨を手招きし始めた外を眺める。重たい雨雲。テグス糸のように途切れぬ降雨。いつになれば、このトラウマを笑顔で話せる日が来るんだろうか。

「んじゃお先!何かあったらすぐ電話しろよ!」

「おーう了解でーす、頑張って~」
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