インテリと春
アケミがアルバイトを始めた理由は、意外にもこの先の進路に役立つかもしれないという全うなものだった。比べてあたしはと言うと、別段何もしていない。進路なんてどうとでもなる。きっとこれから先も、あたしはバカみたいに雨に怯えながら、その憂鬱の中で生きていくんだろう。
一人の教師に焦がれる気持ちも、実ることなんて絶対に有り得ない。
「…このまま居たってしょうがないし、帰ろ…」
アケミ程忙しなくはないが、それなりに彼女と同じ一連の動作を繰り返して、ようやくあたしも保健室を後にする。
今日の天候は小雨。だからこそ自転車での通学を選んだ自分。雨の日は決まって自転車を使うあたしの姿など、周囲の人間からすれば奇妙に違いない。それでも、自転車を選ばずにはいられないのだ。一刻も早く家路に就く為に。一刻も早く屋内へ辿り着く為に。
「あ、安田居るかな」
現国のレポートを作成中に、どうしても必要な資料が足りなかったことを思い出す。担当の安田なら、その資料を貸してくれるかもしれない。癪ではあるけれど、現国のレポートは一番初めに終えておきたいし、何よりも、安田と顔を合わせる口実にもなった。
そこで急遽、昇降口へと向かう筈だった足を2階にある職員室へと向かわせ、階段を上がっていく。今現在は6限目開始から間もない頃。運が良ければ職員室の人数は少なく、安田も居る筈だ。
「失礼しまーす」
扉を開けた途端に集まってきた視線の数は、一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。その中のひとつに、紛れもなく安田が含まれていた。