インテリと春
早く早く早く。震えが止まらない両手をなんとか使い、やっとの思いでビニール傘を開いた。そして、雨の中を一心不乱に走り、自転車置き場で休んでいた自分のチャリに跨る。あたしは傘を差しながら、校門を出て、アパートへとひたすら走り続けた。
身体に当たる雨も、ソックスに染み込む雨も。気にならないと言ったら全くの嘘になる。それらは全て確実に、あたしの背中を這い上がってくるかのようで、何度も何度も気分が悪くなった。一刻も早くアパートへ戻りたい。焦る気持ちで角を曲がろうとした、その時。
「あ…!」
急ブレーキの音と、自転車の倒れる大きな音と、水溜まりの中に倒れ込む音。その三つが重なり合ったのち、擦りむいた膝の痛みに顔を歪めて、あたしは転んだのだと理解した。
痛い。擦りむいた膝も、胸の真ん中も、全部痛い。泣き出しそうになるのをどうにかこうにか堪えて、もう一度倒れた自転車を起こそうと、思ったのだけれど。
「…う、あ…」
言葉を失った。呼吸さえままならない。
知らず知らずのうちに、水溜まりの中へ置いていた両の手のひらを、ふと眺める。
小さな砂粒が、斑点のように付着していて。足も身体も、何もかもが泥水にまみれていて。全身を打ち付ける雨が、とてつもなく、痛かった。
“やだ…!やめて!”
背中を這うように甦る光景。
“なんで、こんな事すんの…!”
干からびたように酷くこびり付いた残像。
“やめてよ…!”
身体にへばり付く制服や髪の毛。あらゆるものが、そこから動けずにいる“ひとつ目の過去”へあたしを引きずり込もうとしている。
「おい中川!」