インテリと春
背後から片腕を掴まれた。怖い怖い怖い。放して放して放して。あたしはありったけの力でその手を振り払う。
「中川…?どうしたんだお前、」
「やだ!放して!」
「おい中川!俺だっての!」
「やめて!やだ!やだ…放せ!」
掴まれても掴まれても、その度に必死で相手の手を振り払った。この雨の中を走って追い駆けて来てくれた安田だとも気付かずに、無我夢中で振り払い続ける。
何が何だか分からない。ここがどこであたしは何をしようとしていたのか。相手が誰で何故腕を掴もうとしてくるのか。ただひとつだけ理解出来ること。
またあたしはこの雨の中で襲われてしまう。逃げなければ。抵抗しなければ。
「中川!!」
顔を両手で包み込まれ、しっかり俺を見ろと怒鳴られる。その相手の顔は、あの時のあいつでもなく、どこぞの強姦魔でもなく、だいすきな筈の安田だった。
「安田…」
「何かあったのか?」
「…うう、やすだぁ…」
真っ白な頭の中に、太陽のような温かいものが染み込んでいく。倒れた自転車の側に落ちている傘も、擦りむいた膝の傷も、過去の恐怖も。全て洗い流され、目の前にしゃがみ込んでいる人だけをじんわりと感じた。
溢れる泪が止まらない。あたしの頭を撫でてくれている安田の手のひらは、本当に温かくて。もしや雨が止んでいるのではないかと、思わず勘違いをしてしまったんだ。