インテリと春
「失礼しま…あれ?今日は保健の花岡先生、休みだったのか」
ずぶ濡れで泣きじゃくるあたしに、同じくずぶ濡れの安田が自分の傘を差し出して、お互い何も言わぬまま学校までの道程を戻ってきた。とりあえず身体を拭いて傷の手当てをしようと、安田に手を引かれて本日二度目となる保健室への訪問。ここまで来る間に誰ともすれ違わなかったのが何よりもの救いだと思う。
「まずは消毒すっか」
安田がこの高校へやって来て、まだ二ヶ月余り。保健室へ訪れた回数も、指折り数える程度しかないのだろう。現に、消毒液ひとつを見付けるまで相当苦心している。
あたしはその背中を見つめながら、丸椅子に腰掛け、まず何から話すべきかと言葉を選んでいた。どうしよう。どうすればいいんだろう。保健室の棚に重ねてあったタオルで、行き詰まる思考回路と濡れた頭をぎゅっと包み込む。
「寒くねえか?」
「…大丈夫」
「よく拭いとけよ。バカは風邪引かねえってのが本当なら、利口なお前はすぐこじらせちまうぞ」
「安田も、ずぶ濡れじゃんか」
「あー気にすんな。それよりほれ、消毒すんぞ」
夏物のワイシャツや髪の毛の先から、ぽたりぽたりと滴り落ちる水滴。そんなことも気にせず、安田はただただあたしの膝を手当てし続ける。その様を見ていて、あたしは、傷口に染み込む消毒液の痛みよりも、安田の一生懸命な優しさの方が、ずっとずっと痛くて泣き出しそうになるのを必死に堪えていた。
「…なんで、追っ掛けて来たの?」
「いやお前がさ、現国のレポートに資料使いたいだの何だのって言ってたからよ。それ貸そうと思って追い駆けて行ったら、なんでかお前は素っ転んでたってわけ」