インテリと春
そう言って安田が指差した保健医の机上には、現国に関する数冊の資料。無論、それらも雨で濡れてしまっている。
全く気付かなかった。安田があれらを抱えていたことに。言われて初めて、雨の中を傘を差し追い駆けてくる安田の様子が、ありありと目に浮かぶ。まるで息が詰まるような思いだった。そう、いつだってあたしは、自分のことばかりで。
「ごめん」
「…何が?」
「…ごめんね、安田」
せっかく消毒してくれた膝の辺りに、またもやこぼれ落ちる泪が細い線を描いて伝う。
「ごめ、ん…いつも、いつも、迷惑ばっか、掛けて…」
「おいおいどうしちまったんだよ~なんで急に謝んのさ?」
子供あやすような手のひらで再び頭を撫でてくる安田。その手がどうしようもなく愛しくて、温かくて、失いたくなくて。これが本当の恋なのだと、今更ながらこの瞬間にあたしは理解した。
「…ずっと、言えなかったんだけど…」
上ずる声をどうにか落ち着かせて、消毒液を棚に戻す彼の背中をもう一度見やる。すると、安田は冷やかすような素振りも一切せずに、別のタオルで頭を拭きながら、ただ黙ってもうひとつの椅子をどこからか運んできて、それに腰掛けた。
ぽたり、また一粒滴り落ちた水滴。