インテリと春
安田は一言だけ呟くと、そのまま下を向いてしまった。まるで自分が犯した過ちを悔いるかのように、大きな溜め息を吐いて、黙り込んでしまう。今あんたは、何を考えているんだろう。こんなにも近くに居るのに、こんなにも好きなのに、分からない。
だからあたしは情けないと言うんだ。目を背けたいことから逃げるばかりで、前を見ようとしない。自分のことばかりが大事で、誰かを想おうとしない。その強さがあたしにあったのなら。噛み締める代わりに拳を強く強く握り締めたけれど。
「しんどかったろ」
安田の手のひらが、馬鹿のひとつ覚えのように、あたしの頭にそっと触れてくる。
「辛かったろ?よく頑張ったなあ、お前」
「…だけど、あたしなんか…」
「話してくれてありがとな」
「…そんなもん…」
「俺なんかじゃ何の力にもなれねえだろうけど、話してくれてほんとに嬉しかった」
「……」
「ありがとう」
母が生きていたのなら、或いはそれを口に出来たかもしれない。けれど現実はそう上手くはいかず。中途半端な道を歩いて、自分はこのまま死んでいくんだろうと思っていた。
でも、生まれて初めて恋をした人に、ずっと言いたかったことを伝えただけで、こんなにも泣きたくなる。こんなにも心強くなる。こんなにも、愛おしくなる。懲りない泪は、再び上ずる声と共にこぼれ落ちて。ぽたり、ぽたり。黒い過去を、白く染め上げていくかのようだった。