インテリと春
「もう泣くなって」
「…ごめ、ん」
「謝んのは俺の方だ。偉そうに怒鳴ったりして悪かったよ」
「う、うう…」
「お前等はお前等なりに、一生懸命だったのにな」
泪で霞む安田の赤いネクタイ。すっかり乾き切るまでには今しばらく時間が掛かるだろうけれど。長い間湿っていたあたしの追憶は、安田の存在で次第に乾きつつある。
しかし、未だに外の雨が止まないのはどうしてだろう。何か良いことがあって思わず空が泣いているんだろうか。それとも。
やがてその答えが、あたしの目の前にごろりと横たわるのはまだ先の話。もしもこの時に全てを明かしていたのなら、数ヶ月後の未来に生きている自分達は笑えていたんだろうか。いや、そうは思えない。
母さん。あなたという存在が確かにこの世界で生きていた事実。それがある限り、笑える日が来るなんてことは有り得ないのだから。
「…安田」
「ん?」
「ありがとう」
あたしはまだ、ふたつ目の過去を安田に明かせずにいる。