インテリと春
やがて広いロビーに出ると下へ繋がる階段が見えてきた。今年で最高学年に進級した自分達のクラスは校舎の最上階。そして目的の購買は最も下の階にある。
今何時?とアケミに訊ねられ自分の携帯を開けば、昼休み終了1分前。どう考えても5限目には間に合わない。しかしそのような事実が分かったところで急ぐ訳でもなく。午後はどこで暇潰しすんの?と不真面目な友人が当たり前のように言った。その時。
「おー“アケマユ”コンビ発見」
「わーい安田だー!」
「何だよそのコンビ名。センス悪い」
ストライプ柄のワイシャツを浅葱色のネクタイで緩めに締めて、その上からタイトな紺のスーツを羽織った男がいきなりの御登場。相変わらずわざとらしい黒縁の眼鏡がどうにも気に食わない。
「吉野の反応は嬉しいが…二人ともそろそろ先生の呼び方直そうなー」
「あははは!そんなん無理だって安田」
「あれ?吉野?言ってる側からそれ?」
「あんたみたいな奴を“せんせー”なんて呼ぶバカがどこに居るんだよ」
「少なくともお前等以外の生徒にはそう呼ばれてます」
はて。こいつは5限目に授業でも入ってるんだろうか。脇に抱えた数冊の教材と大量のプリントが、ふと目に留まる。そういえば、自分のクラスの5限目は何だったっけ。まさか現国じゃないだろうな、という不安を本人に訊ねてみれば。
「5限目?俺は授業入ってねえけど」
「あれ?んじゃ何だったっけ?あたし等んとこのクラス」
カーディガンの袖先をひらひらと泳がせながら、隣に居る“アケマユ”コンビの片割れへ質問対象を移す。
「何が?」
「5限目の授業」
「あー忘れた」
「まあいっか。どうせ出ないし」
「おいおい仮にも教師を前にしてその会話はねえだろー」
口では言いながらも、力尽くで引き止めるような真似は断じてしない安田。何の悪びれもなくその場を後にしようとするあたし等を「どこ行くんだー」などという間延びした声で呑気に引き止めてくるだけ。