インテリと春
「そうだ中川、お前今月分のレポートまだ出てねえぞー」
「…ちゃんと出すって」
「とっくに提出した奴等の分は今から添削しちまうからなー。お前も早く出さねえと、」
「しつこい」
階段前の曲がり角でじきに見えなくなる野郎の姿を、最後に一度だけ振り返り一言吐き捨てる。あたしの耳には届かなかったが、きっと溜め息のひとつでも吐いていたに違いない。
そんなあたしの隣で大きく手を振りながら「またねー」と安田に笑顔を送っているのはアケミだ。一段、また一段と、階段を下りる度にみるみる見えなくなっていく相手の姿が完全に視界から消え失せるまで、ずっと両手を振り続けていた彼女。
「安田もレポートの添削なんて、それらしいことやってんだー」
「たかが講師のくせに」
「…あんたの愛情表現には毒があり過ぎるって」
「別に悪気はないけど」
安田は年齢的にも若いし見てくれも最高だ、というのがアケミの持論である。ちなみにあたしはその主張を頭ごなしに否定するつもりなど毛頭ない。現に安田は、彼女を除く他の女生徒達からも控え目な支持を多く集めているようで。
「まあ、そんなんでも一応本気で好きなんだよねマユコも…安田が」
「好きだよ」
安田という出来損ないの講師に惚れた話は、今年の春先までさかのぼる。