ジキタリス
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警察署までの坂道を下りていると少し高く明るい声が聞こえた。
『おはようございます、塚原警部!』
今日はよく晴れますね、と声の主、入江満は上機嫌に言った。
『そうだね。入江君』
入江刑事は優秀で賢く、一ヶ月前秋田から東京に派遣された。育ちが北だからなのかは定かではないが色が白く髪も栗色で、パッと見て女と勘違いされても仕方がないような面立ちだった。
のんびりと坂道を下りながら、塚原は昨日の不気味な体験を話した。
『入江君はどう思う?やっぱり気のせいなのかな』
『いやあ、近頃は物騒ですからねぇ…。充分有り得る話だ。ご存知ですか?昨夜の事件』
『いや、知らないな』
『北署の刑事さんが殺されたのです。それも奥さんと一緒に…』
入江刑事は顔をしかめた。
『それにこの前も似たような事件が何件も…えぇ、確かもう七件か、みんなこの界隈の事件です』
『そうなのか…』
本当に物騒だな、と塚原が言ったきり二人とも口をつぐんでしまった。
眼鏡のズレを直す入江。
帽子を被り直す塚原。
とぼとぼと坂道を歩く二人の無言を切り裂いたのは入江だった。
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