ジキタリス
―――――――――――――

薄暗い部屋。
それが昨日通された入江の家の居間であることに気づくのにそう時間はかからなかった。
そして自分を見下ろすハンチング姿のシルエット。
『入江君!これは一体…!』
ハンチングと眼鏡を取ると、栗色の長い髪がさらりと風になびいた。
『君は…美都子さん…!どうして…こんなことに…』
底のない沼のような目にゾッとする。
『兄様は他の女にたぶらかされたの。私ほど兄様を愛してる女は無いのに。だからこうやって私が兄様自身になってしまえば問題ないわ。愛する兄様と同化して同じ存在になれるうえにその妻にもなれるなんてこれほど幸せなことはないんですもの』
『完全に同じ人間など存在しないっ…!』
『うるさいッ!どうしても結ばれない運命ならいっそ死んでしまおうかとも考えたけれど、こうすれば永遠に兄様と結ばれる!兄様ったら本当は私のことを愛しているのにあの薄汚い野良猫なんかと結婚して冗談にも程があるわよ。そうよね?兄様』
そう言って美都子は自分の腹部をさすった。
そしてまたまくし立てるように話し出した。
< 7 / 9 >

この作品をシェア

pagetop