掌編集
今、一人の人間がいる。その周囲には、彼を取り囲むように蚊達が取り巻いている。彼の体液を狙っているのだ。人間達の間では血液と呼ばれているそれが、彼らにとっては甘い蜜の味を味合わせてくれるものだ。
今一匹の蚊が果敢にも火中に飛び込もうとしていた。
勇者が人間の腕の周りに纏わりつく。どうにかして体液を吸えないかと、意を決しての行動だ。対する人間の方は、纏わりつく蚊を煙たがって腕を払い除ける。蚊は当然死にたくないから、人間から離れて攻撃を避ける。その攻防が先程から繰り返されているのだ。
ここは、人間が住まいに充てている室内のようだ。1Kの質素な作りになっている。
人間は腹に据えかねたのか、先程から五月蝿い蚊を撃退しようと、蚊取り線香に手を伸ばした。いつもならば、蚊は蚊取り線香の臭いに当てられて致死してしまうのだが、そんな蚊でも進化するものだ。
蚊取り線香に手を掛けた人間に向かって、蚊はにやりと嗤って言った。
「無駄だよ」