イジワルな恋人
「わかりました。ありがとうございます。
……亮様がバイトをしたいと言い出すなんて、まだ信じられません。
働いてお金をもらうことを経験するのは、いずれ役に立ちます。
人間としても大きくなりますし。
……亮様は奈緒様と逢われて変わりました。きっと旦那様も感謝していると思います」
それだけ言うと、北村さんは会釈をしてから店内へ入っていった。
あたしはその後ろ姿を眺めて……、だけど、思い出した時間にハっとして、急いで従業員入り口から店内へ入った。
……亮のお父さんって、どんな人なんだろう。
亮はお父さんと、普段から話したりするのかな。
病院経営者でお金持ちってだけで、なんとなく冷たい人かと思ってたけど……。
そうじゃないかもしれないな……。
亮が、殺伐とした空気の流れる家で、家族との会話もないような生活をしているように思ってたから、少し安心した。
バイト先の制服に着替えて、休憩室にあるタイムカードを押した。
16時54分。
やっぱり間に合わなかった事に頭をもたれる。
気を取り直して挨拶しようと周りを見渡すも……いつもいるはずの店長の姿が見えなかった。
あ、亮の面接か。面接なんかできるのかな……亮。
いつもの調子だったら、確実に落ちるよね……。
あんな偉そうなバイトなんか見たことないよ。
少し笑みをこぼしながら、担当場所の受付に入った。
「あ、おはよう。水谷さんが遅れるなんて珍しいね」
話しかけてきたのは、3つ年上のフリーター、佐伯 美沙だった。
あたしよりも4ヵ月後に入ってきたバイト仲間。
明るくて人懐っこくて、最初はいい印象を持っていたけど……
今はそんな印象は少しも残ってない。