イジワルな恋人


「お客様」


一呼吸おいてから、ゆっくりと口を開く。


「佐伯は、本日はお休みをいただいてます。

なので本当に申し訳ないですが、また後日出直して頂けないでしょうか。

お客様がいらした事は、佐伯に伝えておきますので……」


逃げ出したい気持ちを必死に抑えながら、でも強気に言い切った。

震える手を握りしめる。


目を逸らしたら負ける気がして、目の前の男を見つめ続けた。

そんな気持ちが伝わったのか、男はふっと笑みをこぼす。


「じゃあいいや」


男の言葉に、あたしと香奈ちゃんは安心して胸をなでおろす。

後ろにいた香奈ちゃんの安堵のため息が、背中越しに聞こえてきて、あたしも表情を緩ませた。


「そのかわりさぁ」

「……っ?!」


男が続けた言葉に顔をあげると、突然腕を掴まれる。


「あんたがつき合ってよ」


笑いながら見つめてくる男を目の前に、その意味をなかなか理解できなかった。


……『つき合ってよ』って、恋人になるってこと?

それともちょっと買い物に、くらいの意味……?

でもこのケースは……。


色々な事を頭に巡らせているあたしに、男が覗き込むように声を掛ける。






< 288 / 459 >

この作品をシェア

pagetop