イジワルな恋人
家までの帰り道、俺も奈緒も佐伯の話をしなかった。
話さないでいられるハズがない事は分かっていた。
だけど……、今流れる落ち着いた時間を壊したくなくて。
佐伯の名前をだして、今の穏やかな空気が、幸せが、崩れていくのが怖かった。
それなら、その事には触れずに過ごした方が……。
そんなずるい気持ちが、心の奥にあった。
ずっとそんな風に誤魔化す事なんて、できねぇのに。
雨が降っていたハズの空から、いつの間にか月が顔を出していた。
半分欠けた月が。
俺にしがみつく奈緒の手を、その上からそっと握り締めた。