その手に触れたくて

「美月、待てよ。…お願い」


隼人の沈んだ声ともう一度掴まれた右腕と同時にあたしの足はピタッと止まった。

「…もう止めてよ」

「……」

止まったと同時にあたしの口から小さく震えた声が漏れる。

小さくて小さくて消えそうなその声が隼人に届いたのか、あたしの腕を掴んでいる手が一瞬だけ弱まった気がした。


「もう…止めてよ。優しくすんのとか、あたしに近づくのとか……止めてよ」

「……」

「じゃないと、あたし…ッ」


俯いたまま言葉を吐き出した。

だけどこれ以上先の事は何も言えなかった。



…――隼人の事、もっと好きになっちゃう――…



そう言ったら隼人はどうする?


“それって隼人から切り出した別れ話って事でしょ?”

以前、夏美はそう言ってた。でも先輩は、別れないと…


その後、どうなったんだろう。

別にあたしが聞く必要もないし、あたしが聞く権利はない。


だけど、隼人の何もかもが気になりだして頭がおかしくなりそうになる。


俯いて目を瞑り、唇を噛み締める。


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