その手に触れたくて

見上げた先の隼人は険しい表情をし、とてもじゃないけど声を掛ける状態じゃなかった。


でも…、


「…ど、どうしたの?」


必然的に立ち止まり、声を怯えさせながら呟くあたしに、


「顔出すな」


真剣な口調と顔つきで隼人は言い切った。

今だに理解が出来ないあたしは、隼人の背後で身を納めるだけで、その意味が漸く分かったのは隼人が言ってすぐの事だった。


前方から足音が近づいてきて、誰かが来てるって事をすぐに分かった。

でも、その誰かは分かんない。

隼人が出すなって言ったから出せないって言うか、出しちゃいけないような気がする。


もしかして彼女?

もしかして見てた?

もしかして、あたし叩かれる?



色んな想像が膨らんでいくと同時に、心臓の音が凄く大きな音で耳に伝わってくるのが分かる。

それと同時に隼人の深いため息と舌打ちが聞こえる。


そのあたしの焦りを遮断したのは、


「この間はどーも」


少し笑ったようにとも感じられる、その男の低い声だった。

その声でちょっとは安心したのかもしれない。


あたしが思ってた彼女じゃなくて…、でも隼人の表情がよくないだけでいい話しではなさそうって事くらい分かる。


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