その手に触れたくて
「…お兄ちゃん?」
呟くくらいの小さな声でそっとドアを開けると、お兄ちゃんはソファーに寝転がっていた。
近くまで行ったあたしは、上半身裸のまま寝転んでいるお兄ちゃんの顔を覗き込んだ。
目を瞑っているお兄ちゃんはスヤスヤと眠っている。そんなお兄ちゃんを見た途端、あたしの口からため息が漏れた。
仕方ないあたしはその場を離れようと、数歩進んだ時、
「…どした?」
寝ていると思ったはずのお兄ちゃんが、そう口を開いた。
「あ、起こしてごめん」
「寝てねぇし。で、何だ?」
そう言ったお兄ちゃんは両腕を後頭部に添え、あたしを見る。
「あ…、ちょっとお金欲しい」
「金?」
「うん。ジュース買いたい」
咄嗟に出た嘘だった。ジュースなんて300円もあれば 当たり前に買えちゃうのに、あたしはそんな嘘しかつけなかった。
ジュース買う金もねぇのか。って、お兄ちゃんに思われたかもしれない。って言うか、そんなあたしの嘘をお兄ちゃんは見破ったのかも知れない。
でもお兄ちゃんは何も言わずにテーブルに置いていた財布を手に取り、
「ん、」
小さくそう言って、財布から抜き出した五千円札をあたしに差し出した。