その手に触れたくて

「なぁ、聞いてんだろ?」

「……」


見なくても分かる。隼人を見てなくても隼人の視線があたしに向いてるって事くらい、分かる。


「おい、答えろよ。香奈とつぶかった時に出来た傷って言ってなかったか?」

「……」


よりによって、あたしの座る位置が悪かった。

いつもなら気を付けて隼人の左側に座って、左手を隠すようにしてた。

だけど今日は違った。何気なく座ったのが隼人の右側だった。伸ばした手が左手だった。


「何黙ってんだ?」


だんだんイライラしていく隼人にそう聞かれて、もう沈黙は許されないと思った。

どっからどう見てもぶつかって壁に当たった傷じゃないって事くらいあたしにだって分かる跡。


でも――…


「うん。そうその時の…」


曖昧な言葉をあたしは呟き隼人から手を離した。

スッと離れた隼人の手はあたしの左肩を掴む。その拍子にグイッとあたしの身体は隼人の方へと向けられた。


「本当の事言え。俺に…俺に何隠してんだ?」


隼人から言葉を告げられるたびに怖い様に心臓がハラハラしてあたしの目が泳ぐのが自分にでも分かる。


だけどこれ以上、無言を付き通すのも許されないと思ったあたしは、この嘘を最後まで突き通そうと思った。



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